《かわい》そうです。今《いま》のうちに紅《あか》い派手《はで》なものでも着《き》せなかったら、いつ着《き》せる時《とき》があるんです。」
こんなことを言《い》って袖子《そでこ》を庇護《かば》うようにする婦人《ふじん》の客《きゃく》なぞがないでもなかったが、しかし父《とう》さんは聞《き》き入《い》れなかった。娘《むすめ》の風俗《なり》はなるべく清楚《せいそ》に。その自分《じぶん》の好《この》みから父《とう》さんは割《わ》り出《だ》して、袖子《そでこ》の着《き》る物《もの》でも、持《も》ち物《もの》でも、すべて自分《じぶん》で見立《みた》ててやった。そして、いつまでも自分《じぶん》の人形娘《にんぎょうむすめ》にしておきたかった。いつまでも子供《こども》で、自分《じぶん》の言《い》うなりに、自由《じゆう》になるもののように……
ある朝《あさ》、お初《はつ》は台所《だいどころ》の流《なが》しもとに働《はたら》いていた。そこへ袖子《そでこ》が来《き》て立《た》った。袖子《そでこ》は敷布《しきふ》をかかえたまま物《もの》も言《い》わないで、蒼《あお》ざめた顔《かお》をしていた。
「袖子《そでこ
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