た。雨、風、日光、鳥、虫、雑草、土、気候、そういうものは無くて叶《かな》わぬものでありながら、又百姓が敵として戦わねば成らないものでもある。そんなことから、この辺の百姓が苦むという種々な雑草の話が出た。水沢瀉《みずおもだか》、えご、夜這蔓《よばいづる》、山牛蒡《やまごぼう》、つる草、蓬《よもぎ》、蛇苺《へびいちご》、あけびの蔓、がくもんじ(天王草)その他田の草取る時の邪魔ものは、私なぞの記憶しきれないほど有る。辰さんは田の中から、一塊《ひとかたまり》の土を取って来て、青い毛のような草の根が隠れていることを私に示した。それは「ひょうひょう草」とか言った。この人達は又、その中から種々な薬草を見分けることを知っていた。「大抵の御百姓に、この稲は何だなんて聞いても、名を知らないのが多い位に、沢山いろいろと御座います」
 話好きな辰さんの父親《おやじ》は、女穂《めほ》、男穂《おとこほ》のことから、浅間の裾で砂地だから稲も良いのは作れないこと、小麦畠へ来る鳥、稲田を荒らすという虫類の話などを私にして聞かせた。「地獄|蒔《まき》」と言って、同じ麦の種を蒔くにも、農夫は地勢に応じたことを考えるという話
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