る。
「まぐそ鷹《たか》」というが八つが岳の方の空に飛んでいるのも見た。私達はところどころにある茶色な楢《なら》の木立をも見て通った。それが遠い灰色の雲なぞを背景《バック》にして立つさまは、何んとなく茫漠《ぼうばく》とした感じを与える。原にある一筋の細い道の傍には、紫色に咲いた花もあった。T君に聞くと、それは松虫草とか言った。この辺は古い戦場の跡ででもあって、往昔《おうせき》海の口の城主が甲州の武士と戦って、戦死したと言伝えられる場所もある。
甲州境に近いところで、私達は人の背ほどの高さの小梨《こなし》を見つけた。葉は落ち尽して、小さな赤い実が残っていた。草を踏んで行ってその実を採って見ると、まだ渋い。中には霜に打たれて、口へ入れると溶けるような味のするもあった。間もなく私達は甲州の方に向いた八つが岳の側面が望まれるところへ出た。私達は樹木の少い大傾斜、深い谷々なぞを眼の下にして立った。
「富士!」
と学生は互に呼びかわして、そこから高い峻《けわ》しい坂道を甲州の方へ下りた。
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その七
落葉《らくよう》の一
毎年十月の二十日といえば、初霜を見
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