んらしいじゃ有りませんか」と理学士はこの新しい弟子の話をして、笑った。その先生はまた、火事見舞に来て、朝顔の話をして行くほど、自分でも好きな人だ。

     九月の田圃道《たんぼみち》

 傾斜に添うて赤坂(小諸町の一部)の家つづきの見えるところへ出た。
 浅間の山麓《さんろく》にあるこの町々は眠《ねむり》から覚めた時だ。朝餐《あさげ》の煙は何となく湿った空気の中に登りつつある。鶏の声も遠近《おちこち》に聞える。
 熟しかけた稲田の周囲《まわり》には、豆も莢《さや》を垂れていた。稲の中には既に下葉の黄色くなったのも有った。九月も半ば過ぎだ。稲穂は種々《いろいろ》で、あるものは薄《すすき》の穂の色に見え、あるものは全く草の色、あるものは紅毛《あかげ》の房を垂れたようであるが、その中で濃い茶褐色《ちゃかっしょく》のが糯《もちごめ》を作った田であることは、私にも見分けがつく。
 朝日は谷々へ射して来た。
 田圃道の草露は足を濡《ぬ》らして、かゆい。私はその間を歩き廻って、蟋蟀《こおろぎ》の啼《な》くのを聞いた。
 この節、浅間は日によって八回も煙を噴《は》くことがある。
「ああ復た浅間が焼
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