には身内のもの、町内の人達、教師、同窓の学生なぞが弔いに集った。Oは耶蘇《やそ》信者であったから、寝棺には黒い布を掛け、青い十字架をつけ、その上に牡丹《ぼたん》の造花を載せ、棺の前で讃美歌《さんびか》が信徒側の人々によって歌われた。祈祷《きとう》、履歴、聖書の朗読という順序で、哥林多《コリンタ》後書の第五章の一節が読まれた。私達の学校の校長は弔いの言葉を述べた。人誰か死なからん、この兄弟のごとく惜まれむことを願え、という意味の話なぞがあった時は、年老いたOの母親は聖書を手にして泣いた。
 士族地の墓地まで、私は生徒達と一緒に見送りに行った。松の多い静な小山の上にOの遺骸《いがい》が埋められた。墓地でも賛美歌が歌われた。そこの石塔の側、ここの松の下には、Oと同級の生徒が腰掛けたり佇立《たたず》んだりして、この光景《ありさま》を眺めていた。

     暖い雨

 二月に入って暖い雨が来た。
 灰色の雲も低く、空は曇った日、午後から雨となって、遽《にわ》かに復活《いきかえ》るような温暖《あたたか》さを感じた。こういう雨が何度も何度も来た後でなければ、私達は譬《たと》えようの無い烈しい春の饑
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