山の古い城主の中には若くて政治的生涯を離れ、僧侶の服を纏い、一生仏教の伝道に身を委《ゆだ》ねた人のあったことを聞いた。又、白隠《はくいん》、恵端《えたん》、その他すぐれた宗教家がそこに深い歴史的の因縁を遺していることも聞いた。
こういうことは高原の地方にはあまり無いことだ。第一そういう土地柄で無いし、そういう歴史の背景も無いし法《のり》の残燈を高く掲げているような老僧のような人も見当らない。私は小諸辺で幾人かの僧侶に逢ってみたが、実際社会の人達に逢っていると殆んど変りが無いように思った。養蚕時が来れば、寺の本堂の側《わき》に蚕の棚《たな》が釣られる。僧侶も労働して、長い冬籠《ふゆごもり》の貯えを造らなければ成らない。
山に住む人々の二
学問の普及ということはこの国の誇りとするものの一つだ。多くの児童を収容する大校舎の建築物《たてもの》をこうした山間に望む景色は、一寸他の地方に見られない。そういう建物は何かの折に公会堂の役に立てられる。小諸でも町費の大部分を傾けて、他の町に劣らない程の大校舎を建築した。その高い玻璃窓《ガラスまど》は町の額のところに光って見える。
こう
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