違う。
 暗くなるまで私は雪の町を見て廻った。荷車の代りに橇《そり》が用いられ、雪の上を馬が挽《ひ》いて通るのもめずらしかった。蒲《がま》で編んだ箕帽子《みぼうし》を冠り、色目鏡を掛け、蒲脚絆《がまはばき》を着け、爪掛《つまかけ》を掛け、それに毛布《ケット》だの、ショウルだので身を包んだ雪装束の人達が私の側を通った。
 復た霙が降って来た。千曲川の岸へ出て見ると、そこは川船の着いたところで対岸へ通うウネウネと長い舟橋の上には人の足跡だけ一筋茶色に雪の上に印されたのが望まれた。時には雪鞋《ゆきぐつ》穿いた男にも逢ったが、往来《ゆきき》の人の影は稀《まれ》だった。高社《たかしろ》、風原《かざはら》、中の沢、その他信越の境に聳《そび》ゆる山々は、唯僅かに山層のかたちを見せ、遠い村落も雪の中に沈んだ。千曲川の水は寂しく音もなく流れていた。
 しかし試みにサクサクと音のする雪を踏んで、舟橋の上まで行って見ると、下を流れる水勢は矢のように早い。そこから河原を望んだ時は一面の雪の海だった――そうだ、白い海だ。その白さは、唯の白さでなく、寂莫《せきばく》とした底の知れないような白さだった。見ているうち
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