い品を安く売る。上田ではそれほどノンキにしていられない事情があると思う。絶えず周囲に心を配って、旧《ふる》い城下の繁昌を維持しなければ成らないのが上田の位置だ。店々の飾りつけを見ても、競って顧客の注意を引くように快く出来ている。塩、鰹節《かつぶし》、太物《ふともの》、その他上田で小売する商品の中には、小諸から供給する荷物も少くないという。
 思わず私は山の上にある都会の比較を始めた。その日は牛のつぶし初《ぞ》めとかで、屠牛場の取締をするという肉屋を訪ねると、例の籠《かご》を肩に掛けて小諸まで売りに来る男が私を待っていてくれた。私は肉屋の亭主にも逢った。この人は口数は少いが、何となく言葉に重味があって、牛のことには明るい人物だった。
 肉屋の若者等は空車をガラガラ言わせて町はずれの道を引いて行った。私達もその後に随《つ》いて、細い流を渡り、太郎山の裾へ出た。新しい建物の前に、鋭い眼付の犬が五六匹も群がっていた。そこが屠牛場だった。
 黒く塗った門を入ると、十人ばかりの屠手が居た。その中でも重立った頭《かしら》は年の頃五十あまり、万事に老練な物の言振りをする男で、肥った頬に愛嬌《あいきょう
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