あああ」
こう言合って、勇気を鼓して進もうとすると、疲れた足の指先は石に蹉《つまず》いて痛い。復たぐったりと倒れるように、草の上へ横に成って休んだ。そこは浅間の中腹にある大傾斜のところで、あたりは茫漠《ぼうばく》とした荒れた原のように見えた。越えて来た松林は暗い雲のようで、ところどころに黒い影のような大石が夜色に包まれて眼に入るばかりだ。月の光も薄くこの山の端《は》に満ちた。空の彼方《かなた》には青い星の光が三つばかり冴えて見えた。灰白い夜の雲も望まれた。
深山の燈影
赤々と障子に映る燈火《ともしび》を見た時の私達の喜びは譬《たと》えようもなかった。私達は漸《ようや》くのことで清水《しみず》の山小屋に辿り着いた。
小屋の番人はまだ月明りの中で何か取片付けて働いている様子であった。私達は小屋へ入って、疲れた足を洗い、脚絆《きゃはん》のままで炉辺《ろばた》に寛《くつろ》いだ。W君は毛布を身に纏《まと》いながら、
「本家の小母さんが、お竹さんにどうか明日《あす》は大根洗いに降りて来て下さいッて――それにKさんの結納《ゆいのう》が来ましたから、小母さんも見せたいからッて。そ
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