介に成った。尤《もっと》も、この村から牧場のあるところへは、更に一里半ばかり上らなければ成らない。案内なしに、私などの行かれる場処では無かった。
夏山――山鶺鴒《やませきれい》――こういう言葉を聞いただけでも、君は私達の進んで行く山道を想像するだろう。「のっぺい」と称する土は乾いていて灰のよう。それを踏んで雑木林の間にある一条《ひとすじ》の細道を分けて行くと、黄勝なすずしい若葉のかげで、私達は旅の商人に逢った。
更に山深く進んだ。山鳩なぞが啼《な》いていた。B君は歩きながら飛騨《ひだ》の旅の話を始めて、十一という鳥を聞いた時の淋《さび》しかったことを言出した。「十一……十一……十一……」とB君は段々声を細くして、谷を渡って行く鳥の啼声を真似《まね》て聞かせた。そのうちに、私達はある岡の上へ出て来た。
君、白い鈴のように垂下った可憐《かれん》な草花の一面に咲いた初夏の光に満ちた岡の上を想像したまえ。私達は、あの香気《かおり》の高い谷の百合《ゆり》がこんなに生《は》えている場所があろうとは思いもよらなかった。B君は西洋でこの花のことを聞いて来て、北海道とか浅間山脈とかにあるとは知って
前へ
次へ
全189ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング