る。雑木林や平坦《たいら》な耕地の多い武蔵野《むさしの》へ来る冬、浅々とした感じの好い都会の霜、そういうものを見慣れている君に、この山の上の霜をお目に掛けたい。ここの桑畠《くわばたけ》へ三度《みたび》や四度もあの霜が来て見給え、桑の葉は忽《たちま》ち縮み上って焼け焦げたように成る、畠の土はボロボロに爛《ただ》れて了《しま》う……見ても可恐《おそろ》しい。猛烈な冬の威力を示すものは、あの霜だ。そこへ行くと、雪の方はまだしも感じが柔かい。降り積る雪はむしろ平和な感じを抱《いだ》かせる。
十月末のある朝のことであった。私は家の裏口へ出て、深い秋雨のために色づいた柿の葉が面白いように地へ下《くだ》るのを見た。肉の厚い柿の葉は霜のために焼け損《そこな》われたり、縮れたりはしないが、朝日があたって来て霜のゆるむ頃には、重さに堪《た》えないで脆《もろ》く落ちる。しばらく私はそこに立って、茫然《ぼうぜん》と眺《なが》めていた位だ。そして、その朝は殊《こと》に烈《はげ》しい霜の来たことを思った。
落葉の二
十一月に入って急に寒さを増した。天長節の朝、起出して見ると、一面に霜が来ていて、桑畠も野菜畠も家々の屋根も皆な白く見渡される。裏口の柿の葉は一時に落ちて、道も埋れるばかりであった。すこしも風は無い。それでいて一|葉《は》二葉ずつ静かに地へ下る。屋根の上の方で鳴く雀《すずめ》も、いつもよりは高くいさましそうに聞えた。
空はドンヨリとして、霧のために全く灰色に見えるような日だった。私は勝手元の焚火《たきび》に凍えた両手をかざしたく成った。足袋《たび》を穿《は》いた爪先も寒くしみて、いかにも可恐《おそろ》しい冬の近よって来ることを感じた。この山の上に住むものは、十一月から翌年の三月まで、殆《ほと》んど五ヶ月の冬を過さねば成らぬ。その長い冬籠《ふゆごも》りの用意をせねば成らぬ。
落葉の三
木枯が吹いて来た。
十一月中旬のことであった。ある朝、私は潮の押寄せて来るような音に驚かされて、眼が覚めた。空を通る風の音だ。時々それが沈まったかと思うと、急に復《ま》た吹きつける。戸も鳴れば障子も鳴る。殊に南向の障子にはバラバラと木の葉のあたる音がしてその間には千曲川の河音も平素《ふだん》から見るとずっと近く聞えた。
障子を開けると、木の葉は部屋の内までも舞込んで
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