で来た。しきりと私達を怪《あやし》むように吠《ほ》えた。この犬は番人に飼われて、種々《いろいろ》な役に立つと見えた。
番小屋の主人が出て来て私達を迎えてくれた頃は、赤犬も頭を撫《な》でさせるほどに成った。主人は鬚《ひげ》も剃《そ》らずに林の監督をやっているような人であった。細君は襷掛《たすきがけ》で、この山の中に出来た南瓜《かぼちゃ》なぞを切りながら働いていた。
四人の子供も庭へ出て来た。一番|年長《うえ》のは最早《もう》十四五になる。狭い帯を〆《しめ》て藁草履《わらぞうり》なぞを穿《は》いた、しかし髪の毛の黒い娘《こ》だ。年少《としした》の子供は私達の方を見て、何となくキマリの悪そうな羞《はじ》を帯びた顔付をしていた。その側には、トサカの美しい、白い雄鶏《おんどり》が一羽と、灰色な雌鶏《めんどり》が三羽ばかりあそんでいたが、やがてこれも裏の林の中へ隠れて了《しま》った。
小屋は二つに分れて、一方の畳を敷いたところは座敷ではあるが、実際|平素《ふだん》は寝室と言った方が当っているだろう。家族が食事したり、茶を飲んだり、客を迎えたりする炉辺《ろばた》の板敷には薄縁《うすべり》を敷いて、耕作の道具食器の類はすべてその辺《あたり》に置き並べてある。何一つ飾りの無い、煤《すす》けた壁に、石版画の彩色したのや、木版刷の模様のついた暦なぞが貼付けてあるのを見ると、そんな粗末な版画でも何程かこの山の中に住む人達の眼を悦《よろこ》ばすであろうと思われた。暮の売出しの時に、近在から町へ買物に来る連中がよくこの版画を欲しがるのも、無理は無いと思う。
私達は草鞋掛《わらじがけ》のまま炉辺で足を休めた。細君が辣韮《らっきょう》の塩漬《しおづけ》にしたのと、茶を出して勧めてくれた。渇《かわ》いた私達の口には小屋で飲んだ茶がウマかった。冬はこの炉に焚火《たきび》を絶《たや》したことが無いと、主人が言った。ここまで上ると、余程気候も違う。
一緒に行った学生は、小屋の裏の方まで見に廻って、柿は植えても渋が上らないことや、梅もあるが味が苦いことや、桃だけはこの辺の地味にも適することなど種々な話を主人から聞いて来た。
やがて昼飯時だ。
庭の栗の樹の蔭で、私達は小屋で分けて貰《もら》った蕈《きのこ》を焼いた。主人は薄縁を三枚ばかり持って来て、樹の下へ敷いてくれた。そこで昼飯が始まった。細君
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