たように、八年前の彼は二十に成るおせんを妻にして、そう不似合な夫婦がそこへ出来上るとも思っていなかった。活気と、精力と、無限の欲望とは、今だに彼を壮年のように思わせている。まして八年前。その証拠には、おせんと並んで歩いていた頃でも、誰も夫婦らしくないと言った眼付して二人を見て笑ったものも無かった。すくなくも大塚さんにはそう思われた。どうして、おせんが地味な服装《なり》でもして、いくらか彼の方へ歩《あゆ》び寄るどころか。彼女は今でもあの通りの派手づくりだ。若く美しい妻を専有するということは、しかし彼が想像したほど、唯楽しいばかりのものでも無かった。結婚して六十日経つか経たないに、最早《もう》彼は疲れて了った。駄目、駄目、もうすこし男性《おとこ》の心情が理解されそうなものだとか、もうすこし他《ひと》の目に付かないような服装《みなり》が出来そうなものだとか、もうすこしどうかいう毅然《しゃん》とした女に成れそうなものだとか、過《すぐ》る同棲《どうせい》の年月の間、一日として心に彼女を責めない日は無かった――
 三年振で別れた妻に逢って見た大塚さんは、この平素《ふだん》信じていたことを――そうだ
前へ 次へ
全24ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング