って見た。明るい黄緑《きみどり》の花を垂れた柳並木を通して、電車通の向側へ渡って行く二人の女連の姿が見えた……その一人が彼女らしかった……
彼女はまだ若く見えた。その筈《はず》だ、大塚さんと結婚した時が二十で、別れた時が二十五だったから。彼女がある医者の細君に成っているということも、同じ東京の中に住んでいるということも、大塚さんは耳にしていた。しかし別れて三年ほどの間よくも分らなかった彼女の消息が、その時、閃《ひらめ》くように彼の頭脳《あたま》の中へ入って来た。流行《はやり》の薄色の肩掛などを纏《まと》い着けた彼女の姿を一目見たばかりで、どういう人と暮しているか、どういう家を持っているか、そんなことが絶間《とめど》もなく想像された。
種々《いろいろ》な色彩《いろ》に塗られた銀座通の高い建物の壁には温暖《あたたか》な日が映《あた》っていた。用達の為に歩き廻る途中、時々彼は往来で足を留めて、おせんのことを考えた。彼女が別れ際《ぎわ》に残して行った長い長い悲哀《かなしみ》を考えた。
恐らく、彼女は今|幸福《しあわせ》らしい……無邪気な小鳥……
彼女が行った後の火の消えたような家庭……
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