が、丁度好さそうな人が御座いますとかッて。聞き込んだ筋が好いそうでして……なんでも御家は御寺様だそうで御座いますよ……その方はあんまり御家の格が好いものですから、それで反って御嫁に行き損《そこな》って御了いなすったとか。学問は御有んなさるし、立派な御方なんだそうで御座います。御年は四十位だとか申しました。まだ御独身《おひとり》で。よく華族様方の御嬢様なぞにも、そういう風で、年をとって御了いなさる方が御有んなさいますそうですよ……それからあの人が、丁度あの位の奥様が御為にも宜しかろうかッて、そう申してますよ……尤も、こればかりは御縁で御座いますから」
こういう話を聞く度に、大塚さんは耳を塞《ふさ》ぎたかった。
おせんのような妻と一緒に住むような日は、最早二度と無かろうか。それを思うと、銀座で逢った人が余計に大塚さんの眼前《めのまえ》に彷彿《ちらつ》いた。黄ばんだ柳の花を通して見た彼女――仮令《たとえ》一目でもそれが精《くわ》しく細かく見たよりは、何となく彼女の沈着《おちつ》いて来たことや、自然に身体の出来て来たことや、それから全体としての女らしい姿勢を、反ってよく思い浮べることが出来
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