むすこ》のことも、大塚さんの胸に浮んだ。大塚さんは全く子が無いでは無い。一人ある。しかも今では音信不通な人に成っている。その人は大塚さんがずっと若い時に出来た子息で、体格は父に似て大きい方だった。背なぞは父ほどあった。大塚さんがこの子息におせんを紹介した時は、若い母の方が反って年少《としした》だった。
湯島の家の方で親子|揃《そろ》って食った時のことが浮んで来た。この同じ食卓があの以前の住居《すまい》に置いてある。青蓋《あおがさ》の洋燈《ランプ》が照している。そこには嫁《かたづ》いて来たばかりのおせんが居る。彼女のことを「おせんさん、おせんさん」と親しげには呼んでも、決して「母親《おっか》さん」とは言わなかった彼の子息が居る……尤も、その頃から次第に子息は家へ寄付かなく成って行ったかとも思われる。
食事の済む頃に、婆さんは香ばしく入れた茶と、干葡萄《ほしぶどう》を小皿に盛って持って来て、食卓の上に置いた。それを主人に勧めながら、お針に来ている婦《おんな》の置いて行ったという話をした。
「あの人がそう申しますんですよ。是方《こちら》の旦那様も奥様を探して被入《いら》しゃる御様子です
前へ
次へ
全24ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング