萎《しお》れ返っていたものだ。
大塚さんはマルを膝の上に乗せて、抱締るようにして顔を寄せた。白い、柔な狆の毛は、あだかもおせんの頬に触れる思をさせた。
別れるのは反《かえ》ってお互の為だ、そんなことをおせんに言い聞かせて、生家《さと》の方へ帰してやった。大塚さんはそれも考えて見た。
別れて何か為に成ったろうか。決してそうで無かった。後に成って、反って大塚さんは眼に見えない若い二人の交換《とりかわ》す言葉や、手紙や、それから逢曳《あいびき》する光景《さま》までもありありと想像した。それを思うと仕事も碌々手に着かないで、ある時は二人の在処《ありか》を突留めようと思ったり、ある時は自分の年甲斐《としがい》も無いことを笑ったり、ある時は美しく節操《みさお》の無い女の心を卑しんだりして、それ見たかと言わないばかりの親戚友人の嘲《あざけり》の中に坐って、淋しい日を送ったことが多かった。彼女が後へ残して行った長い長い悲哀《かなしみ》は、唯さえ白く成って来た大塚さんの髪を余計に白くした。
おせんがある医者のところへ嫁《かたづ》いたという噂は、何か重荷でも卸したように、大塚さんの心を離れさせた
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