けた……そんなことをして、名のつけようの無い悲哀《かなしみ》を忘れようとした……
おせんと同棲して五年ばかり経った時の大塚さんは、何とかして彼女と別れる機会をのみ待った。機会が来た……しかも堪え難い形でやって来た……それを大塚さんは考えた。
彼女の旧《もと》の居間へ行って見た。今は親しい客でも有る時に通す特別な応接間に用いている。そこだけは、西洋風にテーブルを置いて、安楽椅子に腰掛けるようにしてある。大塚さんはその一つに腰掛けて見た。
可傷《いたま》しい記憶の残っているのも、その部屋だ。若く美しい妻を置いて、独りで寂しく旅ばかりするように成ったということや、あれ程親戚友人の反対が有ったにも関《かかわ》らず、誰の言うことも聞入れずに迎えたおせん、その人と終《しまい》には別れる機会をのみ待つように成って行ったということは、後から考えれば、夢のようだ。実際、それが事実であったから仕方ない。何物にも換えられなかった楽しい結婚の褥《しとね》、そこから老い行く生命《いのち》を噛《か》むような可恐《おそろ》しい虫が這出《はいだ》そうとは……
大塚さんは彼女を放擲《うっちゃらか》して関《かま
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