、他《ひと》に貸してあったこの根岸の家の方へ移り住んだのだ。そういう時に成ると、おせんは何をして可《い》いかも解らないような人で、自分の櫛箱《くしばこ》の仕末まで夫の手を煩《わずら》わして、マルを抱きながら、それを見ていたものだ。それほど子供らしかった。ああいう時には、大塚さんはもう嘆息して了った。でも、この根岸へ移って落着いてからは、春先に成ると蓬《よもぎ》の芽を摘みに行くところがあると悦んで、軽々とした服装《みなり》をしては出掛けて行って、その帰りには菫《すみれ》の花なぞを植木屋から買って戻って来た。その無邪気さには、又、憎むこともどうすることも出来ないようなところが有った。
こういう娘のような気で何時までも居て、時には可愛くて可愛くて成らなかったおせんが、次第に大塚さんには見ても飽き飽きする様な人に変って行った。彼女と別れる前の年あたりには、大塚さんは何でも彼女の思う通りに任せて、万事家のことは放擲《うっちゃらか》して了った。小言一つ言わなかった……唯、彼女を避けようとした……そして自分は会社のことにばかり出歩いた……さもなければ、会社の用事に仮托《かこつ》けて、旅にばかり出掛
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