して死んで了《しま》うのか、そんなことを心細く考え易《やす》い年頃でありながら、何ぞというと彼は癖のように、「まだそんな耄碌《もうろく》はしないヨ」と言って見る方の人だった。有り余る程の精力を持った彼は、これまで散々|種々《いろいろ》なことを経営して来て、何かまだ新規に始めたいとすら思っていた。彼は臥床の上にジッとして、書生や召使の者が起出すのを待っていられなかった。
 でも、早く眼が覚めるように成っただけ、年を取ったか、そう思いながら、雨の音のしなくなる頃には、彼は最早《もう》臥床を離れた。
 やがて彼は自分の部屋から、雨揚りの後の静かな庭へ出て見た。そして、やわらかい香気《におい》の好い空気を広い肺の底までも呼吸した。長く濃かった髪は灰色に変って来て、染めるに手数は掛かったが、よく手入していて、その額へ垂下って来るやつを掻上《かきあ》げる度《たび》に、若い時と同じような快感を覚えた。堅い地を割って、草の芽も青々とした頭を擡《もちあ》げる時だ。彼は自分の内部《なか》の方から何となく心地《こころもち》の好い温熱《あたたかさ》が湧《わ》き上って来ることを感じた。
 例のように、会社の見廻
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