でゐるものは、深い立體的な感じを伴ふ。これは心の庭だ。遠い中世紀は、まだこんなところに殘つて、私達の眼の前に息づいてゐるかのやうでもあつた。
 留守居する寺の人達が、茶なぞを勸めてくれるのもうれしくて、私達は住職の居間らしいところからもこの庭を眺めた。建物の内部も廣くて、古い十六羅漢の木像なぞを置き並べた部屋もあつた。
 思はず時を送つた。同行の人達に促されてこゝを辭しかけると、本堂の前あたりの庭のところへ來て、挨拶する人に逢つた。大谷君のお父さんだ。息子さんの方は、あるひは年よりも老けて見えるし、お父さんの方は、また若々しくて、そこへ並んだところはちよつと親子のやうに思はれないくらゐだつた。
 醫光山の上にある庵は慈善庵といつて、大谷君の祖父にあたる人の開基にかゝるといふ。こゝまで來たついでに、ぜひともその庵のあるところまで登れ、さういつて勸めてくれるのはお父さんだ。その時は龜井君とも醫光寺まで同道して來たが、同君が益田の驛長といふいそがしい職務の中で、いろ/\と私達を世話してくれるのはありがたかつた。龜井君は大谷君親子の言葉を引取つて、いかにもはつきりとした調子で、
「一生の願ひと
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