あれば、お登りにならないわけにいかないでせう。」
 この人もなか/\勸め上手だ。數百階ある石段の横手には、別に山の上へ導く坂道もある。手に汗じみたハンケチを握りながら、松林の間を攀ぢ登つて行つて見ると、十一面の觀音を安置してあるといふ小さな庵の前へ出た。益田の町、吉田の村から、石見の平野の一部が、その高い位置から見渡された。長門富士なぞも西の方に望まれて、春先の雉子の鳴くころも、思ひやられるやうなところであつた。日本海々戰の當時には、この邊までさかんに砲聲の聞えたことを語り出すのは大谷君のお父さんだ。庵の後の方へ私達を連れて行つて、そこから領巾振山《ひれふるやま》を指して見せるのは息子さんの方だ。楊桃《やまもゝ》といふ木の枝に實の生《な》つてゐるところも、私達がこの山の上へ來て初めて見たものである。それは「もつこく」を想ひ出させるやうな木ぶりで、小さな實は苺より赤黒い。四國あたりにはこの楊桃《やまもも》はめづらしくないともいふが、初めての私なぞには仙人でも食ふ木の實か何かのやうに思はれた。すくなくも十年の齡《よはひ》は延びる。そんなことを語り合ひながら、私達は庵の前に腰掛けてめづらしい
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