當つてゐないかも知れない。たゞ二人とも徳望のあつたといふ點でのみ、それがいへるかも知れない。藝術上の惠まれた天分にかけては、不昧公は遙に樂翁公の上にあらう。
有澤氏の山莊には、別に不昧公の意匠になつたといふ明々庵が他から移されてあつた。山の横手のところには、山櫻の多い谷を前にした小茶屋もあつた。樅《もみ》、松、楓などの外に、椎の木の多いことも樹蔭の道を樂しく見せてゐた。
松江の宿に歸つてからの私達はまた翌日の旅支度にいそがしかつた。松江には七月の十四日から十七日までゐた。旅の記念にと書き盡せないほどの色紙などを、この地方の人達からも持ち込まれ、宿の女中にまで何か書けとせがまれては、午後からも殆ど休むいとまがなかつた。成るべく手荷物も少くと思ふところから、白潟、母衣《ほろ》の二校から貰ひ受けて來た兒童の製作品、圖畫、作文、手工の竹の箸、それに松江土産の箱枕などは留守宅宛の小包にした。そこいらには、ある人々へ贈りたいと思つて取寄せた不昧公好みの煙草盆が殘つてゐた。それもこゝから荷造りして出すことにした。こんなに取りちらしてゐるところへ宿の女中が客のあることを知らせに來た。ずつと以前の同
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