へて、庭石を踏むといふだけでも、何となく私達の心は改まつた。
 私達の訪ねて行つたところは、この小山の上に立つ二棟の簡素な平屋を、庭もろとも一つの意匠に纏めたやうな場所であつた。客の休息所に宛てたお待屋の方には、雨傘ほどの大きさの笠が眼についた。雨に雪に、お待屋から茶の室の方へ通ふ客のためにあるものとみえて、細心な茶人の用意はそんなところにも窺はれる。茶室には二疊と四疊半との二部屋があつて、私達は先づ二疊の方の狹い窓のやうな入口から入つた。海邊の漁夫の寢るだけにあるような住居の入口から、こんな茶人の意匠が生れて來てゐるといふこともおもしろい。水屋を通つて、四疊半の方に出た。向月庵とした額の掛つた茶室がそこだ。私達は思ひ/\に、疊を敷いた縁《えん》のところにゐ、その外にある板敷の縁のところにもゐて、すゞしい蝉の聲に暑さを忘れた。庭に置いた石も省けるだけ省いて、庭先にある二本の古松と山々の眺めとを廣く取入れてある。山郭公《やまほとゝぎす》なども啼いて通りさうなところだ。こゝへ來て見ると、簡素を求めた昔の人の心が感じられる。私は不昧公のことをいふついでに、白河樂翁を引合に出したが、この比較は
前へ 次へ
全110ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング