と線とを見つけるのもめづらしい。
 上夜久野の驛を過ぎて、但馬《たじま》の國に入つた。攝津《せつつ》から丹波《たんば》、丹波から丹後といふ風に、私達は三つの國のうちを通り過ぎて、但馬の和田山についた。そこは播但線《ばんたんせん》の交叉點にもあたる。案内記によると、和田山はもと播磨《はりま》ざかひの生野《いくの》から出石《いづし》、豐岡《とよをか》方面へ出る街道中の一小驛にとゞまつてゐたが、汽車が開通してからだん/\開けて、今では立派な市街になりつゝあるといふ。汽車はそのあたりから圓山川の流れに添うて、傾斜の多い地勢を次第に下つて行つた。養父といふ驛を過ぎて、變つた地名の多いにも驚く。
「こゝにもむづかしい名がある。八つの鹿と書いて、(やをか)ださうだ。――讀めないね。」
 私達はこんなことを語り合ひながら乘つて行つた。
 やがて遠く近く望む山々の上には、灰色の雲が垂れさがつて來た。滿山の翠《みどり》は息をはずませて、今に降つてくるか今に降つてくるか、と待ち受けるかのやうでもあつた。低い雲はいよいよ低く、いつの間にか容《すがた》を隱す山々もある。かなたには驟雨も來てゐたらしい。私達はその
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