江の市街がよく見えた。天狗、星上《ほしかみ》、茶臼の山々から、伯耆の大山までが呼べば答へるやうな眺望のよい位置にある。あの大雅堂のやうな人がこの地方へ旅して來た昔に、宍道湖にひゞく古鐘の音に聞きほれて、半年も歸ることを忘れたといふ天倫寺の屋根も、そこから見渡される。その古鐘こそ朝鮮から渡來したものと聞くが、未だに古い響を湖水に傳へてゐるかどうかは知らない。
千鳥城から見える星上山は私達の宿からも見える。この山陰の旅には私もいろ/\な望みをかけて、日本最古の地方の一つを踏んで見るといふだけでも樂しみにして來た。出來ることなら、海岸ばかりでなしにもつと山地の方まで入つて行つて、古代の人が、現世と黄泉《よみ》の國との境であると想像したといふ出雲の伊賦夜坂《いぶよさか》(比良坂《ひらさか》)のあたりを歩いて見たらばと思つて來た。比婆山《ひばさん》の位置もはつきりしないとは聞くが、もしそんなところまで行くことが出來て、あの伊邪那美の神の墳墓の地を見たらばとも思つて來た。眼にある星上山の向うには、その比婆山《ひばさん》も隱れてゐるといふことであつた。こゝは古代の大陸との交通を想像させるばかりでな
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