く時を送つたのもその二校だつた。母衣の方では學藝會の催しのある日で兒童の遊戲なぞも始まつてゐた。私も子供は好きだ。長い廊下を挨拶して通る少年でも呼び留めて、いろ/\と言葉をかはして見たく思つたが、時と場合がそれを許さなかつた。私達は連立つて、北堀といふところに小泉八雲の舊居をも訪ねた。舊くはあるが床《ゆか》しい家中《かちゆう》屋敷で、庭に咲く百日紅《さるすべり》、花はないまでも桔梗、芍藥なぞ、この地方の夏はそこにも深いものがあつた。主人も心ある人と見えて、質素な書齋の襖から櫛形の窓まで、明治初年の昔からあるものを何一つ置き換へることもなしに清潔に住みなしてある。故人が愛したと聞く池の蓮も、この記念の家を靜かに見せてゐた。
 千鳥城はこの山陰地方で天守閣を保存する唯一の城址である。そこへも訪ねて行つて見ると、寄せ木の太い柱を鐵の板で堅めてある天守閣の内部は、武裝を解かれて休息してゐる建物か何かのやうであつた。ところ/″\に蟲ばんだ柱を見るが、堅牢な感じを失はない。往昔、堀尾吉晴によつて築かれ、小瀬甫庵《をぜほあん》の繩張りによるといはれるのもこの城だ。五層ほどもある高い建物の位置からは松
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