道の果てまではとこゝろざして家を出た私も、松江まで來て見ると、こゝを今度の旅の終りとして東京の方へ歸らうかと思ふ心すら起つた。時には旅に疲れて、その中途に立ちすくんでしまひさうにもなつた。このまゝ元來た道を引返すか。海岸に多いトンネルのことを考へると二度と同じ道を通つて暑苦しい思ひをする氣にもなれない。私は米子から岡山へ出る道を取つて、すこしぐらゐ無理でもまだ鐵道の連絡してゐないと聞く山道を越えようかと考へたり、それとも、最初の豫定通り、遠く石見《いはみ》の國の果まで行つて、山陽線を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて歸らうかとも考へたりして、そのいづれもが容易でなささうなのに迷つた。
私は鷄二に戲れていつた。
「どうだらう。東京の方へ歸るのを止めて、いつそ松江の人にでもなつてしまはうか。」
しかし、これは私の惡い洒落である。また私は勇氣を起して旅を續ける氣になつた。暑さをも厭はず宿まで來て呉れた太田、古川二君に頼んで、松江の市内にある二つの小學校を訪ねて見ると、折柄教室に並べてあつた兒童の製作もこの地方のことを語り顏であつた。白潟《しらがた》、母衣《ほろ》、私達がしばら
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