と砂山の多い因幡《いなば》の海岸に見つけることも出來た。旅の心は白兎の停車場に至つて驚く。私達は出雲《いづも》地方までゆかないうちに、ずつと大昔からの言傳へが、こんなところにも殘つてゐるのかと、先づそのことに驚かさる。大國主の神が多勢の兄弟と共に旅して來た稻羽《いなば》の海岸とはこゝだといふことに氣がつく。智惠のある白い兎が※[#「二点しんにょう+於」、310−下−22]岐《おき》の島から鰐の背を渡つて來たのもこゝだといふことに氣がつく。あれは古い神話のうちでももつとも樂しいものの一つだ。私達の側には鳥取から一緒に乘つて來た鳥取新報の記者もゐて、鰐とは青い鮫《さめ》のことであり、それが古代の海賊のことであり、白兎《しろうさぎ》とは善良な民族のことであるといふ一説なぞを話し聞かせてくれた。記者は故有島武郎君をも知つてゐて、同君の亡くなる前の年かに、鳥取地方へ講演の旅のついでに疲れを忘れて行つたといふ濱村温泉をも私に指して見せた。あの「星座」の著者を記念するやうな濱村温泉は海に近いところにあつた。私達はその海邊に添うた砂山と松林とをも車の窓から見て通り過ぎた。
因幡《いなば》の國境を離れ
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