方へも行つて見た。きのふは町の屋根の上に晝の花火を望んだのもそこだ。遠くの寺からでもひゞいてくるやうな靜かな鐘の音を聞きつけたのもそこだ。宿の女中に頼んで置いた按摩も來てくれたので、午前のうちに私はすこし横になつて寢ながら土地の話を聞いた。こゝには腸のさはりを調《とゝの》へるに好い藥草もあると聞いて、試みにそのせんじ藥なぞを取りよせて飮んだ。
連れの鷄二はぢつとしてゐなかつた。午前のうちには古い城址の方まで歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りに行つたといつて汗をふき/\歸つて來た。午後からはまた宿へ訪ねてくれた岡田君と連立つて、この地方の海岸に名高い砂丘の方へと出かけた。私一人になると、一層二階は靜かだ。私はさびしく樂しい旅の晝寢に、大阪の扇を取り出して見、豐岡川の方で見て來た青い蘆、瀬戸の日和山での歸りがけに思ひがけなく自分の足許へ飛び出した青蛙のことを思ひ出して見て、そんな眼に殘る印象にも、半日の徒然《つれ/″\》を慰めようとした。ちやうど宿の老人がこの私の側へ來て、その日は初孫の顏を見てから三日目にあたるといつて、生れた男の子のために名をつけることを私に頼むといふ。
前へ
次へ
全110ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング