置にあつた。そこはおもに汽船の乘客と海水浴客のためにあるやうな旅館であつた。栗村君の案内で、三階に上つて見ると、私達はその位置から自分等の乘り捨てて置いて來た船を、自分等の上つて來た岸を、自分等の踏んで來た砂の道を眺めることも出來、かなたには自分等の見て※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて來た海岸の一部をも見渡すことも出來た。小學校の先生達は後※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しにした東海岸の方に心が殘ると見え、風もおだやかになつた頃から更に船をださうとしてゐた。今度は女の先生達まで加はつて、濱邊はにぎやかだ。鷄二は私と一緒に旅館の三階の廊下を歩いて、まだ海水浴には早からうかなどといつてゐたが、やがて廊下にある籐椅子の上に腰をおろして、旅の寫生帳を取り出した。
この海岸へくるまでの私のつもりでは、船で辨當でもつかふぐらゐの簡單なことにして、旅では成るべく土地の人達に心配をかけないやうにと願つてゐたが、來て見ればやはりさうもいかない。正午すこし過ぎたころ、岡田君も一緒で場所柄らしい馳走を受けた。鱸《すゞき》の洗ひ、烏賊の團子、海の素麺など、いづれも栗村君の心づくしだ。
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