、庭から好い風の通つてくるところで涼む方が先だつた。
大乘寺には、私達より先に自動車で着いた一組の老夫婦があつた。二人とももう好い年配で、どこか遠方からでもこの山陰見物に出かけて來たらしい。しばらく私達と同じ廣間に居て、若僧がすゝめる茶を飮みながら休んでゐた。こんなに年をとつてから夫婦してこの世を歩いてゐる人達もある。同棲後十年、今また同行二人の巡禮者の姿であるともいひたい。思ひ出の深い旅かと見えて、互ひにいたはるさまも眼をとめて見る氣になつた。案内するものもその人達の側についてゐて、寺の繪葉書などを取りよせて見てゐる樣子だ。旅で旅人に逢ふ。私としてはその心が深い。私は旅人が旅人を眺めるやうにその老夫婦を眺めて、話好きな伊藤君達を相手に自分等の汗の沈まるまで待つた。やがて老夫婦は私達にちよつと會釋した後で、一歩《ひとあし》先《さき》に寺のなかを見て囘つてゐた。
この大乘寺に來て、私も心ひかれたことがいろ/\ある。この寺の内部が、應擧の畫で飾られるまでには、かなりの長い時がかゝつたらうといふことは、その一つである。昔の大名や金持の保護からでなしに、密英上人のやうな藝術を愛した坊さん
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