暑苦しさだ。こんなにこぼれるばかり客を詰め込んだ車の上も、動き出して行つた時はさすがに風があつた。竹林などのある田舍道を車の上から見て行く感じも好かつた。それほど奧まつたところに寺のあるといふことも、これから見に行く應擧の畫にふさはしく思はれた。大乘寺は香住のうちの森といふ村にある。果樹や野菜の畠を前にして、山門のところに小高い石垣をめぐらしたやうな、見つきからして誰にでも親しめさうな寺だ。山門を入つたところには、幾百年の風雨を凌いできた椎の大樹などが根を張つてゐて、寺を訪ねるものはまづその樹蔭に立ち寄りたくなる。伊藤君の案内で、やがて私達は寺のなかの應接間のやうな部屋に通された。長火鉢を置いた廣い部屋がまだ先にあつて、そこから料理の間の方へ續いてゐる。この古い、しかも堅牢な感じのする寺院を再興したのは、應擧の恩人であり、保護者であり、また友達でもあつたやうな密英上人《みつえいしやうにん》で、現に見る建物の内部も多くはその意匠になつたものであるといふ。あいにく今の住職の留守の時であつた。部屋の片隅に机を置いて繪葉書などを賣る若僧が私達に茶をすゝめてくれた。私達は應擧の畫を見て囘るよりも
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