れた。頼山道、篠崎小竹《しのざきせうちく》、それから江間細香《えまさいかう》のやうな京都に縁故の深かつた昔の人達の名をかうした温泉地に來て聞きつけることも、何とはなしに床《ゆか》しい。油とうやの先代、先々代と、頼家との間には、文書の往復もしば/\あつたとのことである。そればかりではない。宿の老主人の口からは高安月郊君の名も出て來て、思ひがけないところであの友人のうはさもした。ある人にいはせると、城崎には温泉地としての特色が乏しいともいふ。縁組さへもこれまで京都方面に多く結ばれたといふ。かうした土地にあつては、一切の模倣もまた止むを得なかつたかも知れない。山陰とはいつても、舊い時代からの京都の影響は、それほどこの城崎あたりまで深く及んで來てゐる。
 しかし、あの熱海の雜沓が周圍の海や山によつて救はれてゐるやうに、こゝにはまた豐岡川があり、瀬戸があり、日和山のやうな場所もあつて、附近に多い景勝の地がやゝもすれば俗地に陷り易い温泉地から城崎を救ひだしてゐる。
 東京を出る時に私の懸念したことは、知らない土地での旅の不自由さであつた。來て見ると、その心配はなくなつた。のみならず、土地のいゝ案内
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