温泉宿にたどりついたといふ感じは深かつた。
 こゝは千年あまりもの歴史をもつた古い温泉地であるとも聞くが、急激な土地の發展は山陽線の開通以後からであるらしい。

    二 城崎附近

 山陰道にある城崎は、關東方面でいつて見るなら、熱海あたりを思ひださせる。古い温泉地であることも似てゐる。種々雜多なものを取りいれてあるところも似てゐる。古雅なものと卑俗なものとが同時にあるやうなところも似てゐる。東京横濱あたりの人達があの熱海へでも出かけるやうに、こゝにはまた京都、大阪、神戸あたりからの湯治の客が絶えない。
 ずつと昔はこの城崎も、舟の便宜による交通運送の業を主にして、それによつて土地の人達が生活を營んで來たものであつたといふ。なんとなく河港の趣きのある土地柄が、この遠い昔を語つてゐた。温泉地としての城崎が知られるやうになつたのは、享保以後あたりからで、更に明治年代となつてからは日露戰爭以後に急激な發展を見たものであるとか。私達の泊つた宿は、油《ゆ》とうやといつて、土地でも舊い家柄と聞く。偶然にも一夜の客となつて見て、私達はそこの老主人から京都方面との交通の多かつた時代のことを聞かせら
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