やうな氣もして來た。私はこの石の國に來て、何となくそれらの關係を讀み得るやうに思つた。その人の愛した自然を拔きにして、製作のみを單純にいつて見ることの危いのをも感じた。
吉田の大喜庵は、萬福寺から半道ばかりも離れて、高津《たかつ》の濱を望むことの出來るやうな小高い山の上の位置にある。そこには雪舟の古い墓もあつた。故人が隱棲の跡には見晴らしのよい新築の寺が建てられて、そこでも茶の馳走なぞになつた。男のさかりを思はせる年ごろの人が今の住職をしてゐて、晩年の雪舟が餘生を終つたやうな地點から更に出發しようとしてゐることも頼母しい。私達は寺の縁先に腰掛けさせて貰つてそこでもまたしばらく旅の時を送つた。青田を渡つて來る風もすゞしかつた。
十五 高角山
高津の町にある高角山《たかつのやま》は、石見の旅に來て、柿本人麿の昔を偲ばうとするものに取り唯一の記念の場所である。高津は益田から一里ばかりしか離れてゐない。益田から吉田まで行けば、それから先には高津行の自動車があつて、高角山のすぐ下にまで出られる。私達が吉田の大喜庵を訪ねた足で、この山に登つたのは、同じ日の午前のうちであつた。
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