も槇の緑葉だの、紅い実を垂れた万両なぞを私に指して見せた。万両の実には白もある。ああいう濃い珠のような光沢は冬季でなければ見られない。あの※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の樹を御覧と云って「冬」がまた私に指して呉れたのを見ると、黒ずんでしっかりとした幹や、細くても強健な姿を失わないあの枝は、まるでゴシック風の建築物に見る感じだ。おまけに冬の日をうけた※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の若葉には言うに言われぬ深いかがやきがあった。
「冬」は私に言った。
「お前は是までそんなに私を見損なって居たのか。今年はお前の小さな娘のところへ土産まで持って来た。あの児の紅い頬辺《ほっぺた》もこの私のこころざしだ。」と。

「貧」が訪ねて来た。
 子供の時分からの馴染のような顔付をした斯の訪問者が、復た忸々《なれ/\》しく私の側へ来た。正直に言うと、この足繁く訪ねて来る客の顔を見る度に、私は「冬」以上の醜さを感じて居た。「お前とは旧い馴染だ」とでも言いたげなこの客に対したばかりでも、私の頭は下ってしまった。とても私には長くこの客を眺めては居られなかった。その私が自分の側へ来たものの顔を
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