閉された。私の周囲には降りつもる深い溶けない一面の雪があるばかりであった。その雪は私の旧い住居の庭をも埋めた。どうかすると北向の縁側よりも庭の雪の方が高かった。軒に垂れる剣のような氷柱《つらら》の長さは二尺にも三尺にも及んだ。長い寒い夜なぞは凍み裂ける部屋の柱の音を聞きながら、唯もう穴に隠れる虫のようにちいさくなって居た。
この「冬」が私には先入主になってしまった。私はあの山の上で七度も「冬」を迎えた。私の眼に映る「冬」は唯灰色のものだった。巴里の方で逢った「冬」はそれほど雪深いものではなかったが、でも灰色な色調に於いては信濃の山の上に劣らなかった。私は遠い旅から帰って、久しぶりで自分のところへ訪ねて来て呉れたものの顔を見た時、それが「冬」だとは奈何《どう》しても信じられないくらいに思った。
遠い旅から帰って三度目の「冬」を迎えた年ほど私も常盤樹の若葉をしみじみとよく見たためしはなかった。今まで私は黄落する霜葉の方に気を取られて冬の初めに見られる常盤樹の新葉にはそれほどの注意も払わずに居た。あの初冬の若葉は一年を通して樹木の世界を見る最も美《うる》わしいものの一つだ。「冬」はその年
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