光もあらぬ春の日の
独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に
老いにけらしな旅人よ

心の春の燭火《ともしび》に
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
哀《かな》しからずや君が身は

わきめもふらで急ぎ行く
君の行衛《ゆくへ》はいづこぞや
琴花酒《ことはなさけ》のあるものを
とゞまりたまへ旅人よ

  二つの声

   朝

たれか聞くらん朝の声
眠《ねむり》と夢を破りいで
彩《あや》なす雲にうちのりて
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光あり
そこに時《とき》あり始《はじめ》あり
そこに道あり力あり
そこに色あり詞《ことば》あり
そこに声あり命あり
そこに名ありとうたひつゝ
みそらにあがり地にかけり
のこんの星ともろともに
光のうちに朝ぞ隠るゝ

   暮

たれか聞くらん暮の声
霞の翼《つばさ》雲の帯
煙の衣《ころも》露の袖《そで》
つかれてなやむあらそひを
闇のかなたに投げ入れて
夜の使《つかひ》の蝙蝠《かはほり》の
飛ぶ間も声のをやみなく
こゝに影あり迷《まよひ》あり
こゝに夢あり眠《ねむり》あり
こゝに闇あり休息《やすみ》あり
こゝに永《な
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