はいつともわかぬ山里に
    尾花みだれて秋かぜぞふく
[#ここで字下げ終わり]

しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白雲《しらくも》の
飛びて行くへも見ゆるかな

暮影《ゆふかげ》高く秋は黄の
桐《きり》の梢《こずゑ》の琴の音《ね》に
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり

ゆふべ西風《にしかぜ》吹き落ちて
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの鶉《うづら》巣に隠《かく》る

ふりさけ見れば青山《あをやま》も
色はもみぢに染めかへて
霜葉《しもば》をかへす秋風の
空《そら》の明鏡《かがみ》にあらはれぬ

清《すず》しいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ葉《ば》にきたるとき

道を伝ふる婆羅門《ばらもん》の
西に東に散るごとく
吹き漂蕩《ただよは》す秋風に
飄《ひるがへ》り行く木《こ》の葉《は》かな

朝羽《あさば》うちふる鷲鷹《わしたか》の
明闇《あけくれ》天《そら》をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽《はね》に声あり力あり

見ればかしこし西風の
山の木《こ》の葉をはらふとき
悲しいかなや秋風の
秋の百葉《ももは》を落すとき

人は利剣《つるぎ》を振《ふる》へども
げにかぞふればかぎりあり
舌は時世《ときよ》をのゝしるも
声はたちまち滅ぶめり

高くも烈《はげ》し野も山も
息吹《いぶき》まどはす秋風よ
世をかれ/″\となすまでは
吹きも休《や》むべきけはひなし

あゝうらさびし天地《あめつち》の
壺《つぼ》の中《うち》なる秋の日や
落葉と共に飄《ひるがへ》る
風の行衛《ゆくへ》を誰か知る

  雲のゆくへ

庭にたちいでたゞひとり
秋海棠《しゅうかいどう》の花を分け
空ながむれば行く雲の
更《さら》に秘密を闡《ひら》くかな

  小詩二首

    一

ゆふぐれしづかに
     ゆめみんとて
よのわづらひより
     しばしのがる

きみよりほかには
     しるものなき
花かげにゆきて
     こひを泣きぬ

すぎこしゆめぢを
     おもひみるに
こひこそつみなれ
     つみこそこひ

いのりもつとめも
     このつみゆゑ
たのしきそのへと
     われはゆかじ

なつかしき君と
     てをたづさへ
くらき冥府《よみ》までも
     かけりゆかん

    二

しづかにてらせる
     月のひかりの
などか絶間なく
     ものおもはする
さやけきそのかげ
     こゑはなくとも
みるひとの胸に
     忍び入るなり

なさけは説《と》くとも
     なさけをしらぬ
うきよのほかにも
     朽《く》ちゆくわがみ
あかさぬおもひと
     この月かげと
いづれか声なき
     いづれかなしき

  強敵

一つの花に蝶《ちょう》と蜘蛛《くも》
小蜘蛛は花を守《まも》り顔
小蝶は花に酔ひ顔に
舞へども/\すべぞなき

花は小蜘蛛のためならば
小蝶の舞《まひ》をいかにせむ
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ

やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
羽翼《つばさ》も軽き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ

  別離
[#ここから4字下げ]
人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
[#ここで字下げ終わり]

誰《たれ》かとゞめん旅人《たびびと》の
あすは雲間《くもま》に隠るゝを
誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを

清《きよ》き恋とや片《かた》し貝《がひ》
われのみものを思ふより
恋はあふれて濁《にご》るとも
君に涙をかけましを

人妻《ひとづま》恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人《つみびと》と
呼びたまふこそうれしけれ

あやめもしらぬ憂《う》しや身は
くるしきこひの牢獄《ひとや》より
罪の鞭責《しもと》をのがれいで
こひて死なんと思ふなり

誰《たれ》かは花をたづねざる
誰かは色彩《いろ》に迷はざる
誰かは前にさける見て
花を摘《つ》まんと思はざる

恋の花にも戯《たはむ》るゝ
嫉妬《ねたみ》の蝶《ちょう》の身ぞつらき
二つの羽《はね》もをれ/\て
翼《つばさ》の色はあせにけり

人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや/\深き
われに思ひのあるものを

梅の花さくころほひは
蓮《はす》さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩《はぎ》さかばやと思ふかな

待つまも早く秋は来《き》て
わが踏む道に萩さけど
濁《にご》りて待てる吾《わが》恋は
清き怨《うらみ》となりにけり

  望郷
[#ここから4字下げ]
寺をのがれいでたる僧のうたひ
しそのうた
[#ここで字下げ終わり]

いざさらば
これをこの世のわかれ
前へ 次へ
全14ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング