まくをひきあけて
春をうかゞふことなかれ
はなさきにほふ蔭をこそ
春の台《うてな》といふべけれ
小蝶《こちょう》よ花にたはぶれて
優しき夢をみては舞ひ
酔《ゑ》ふて羽袖《はそで》もひら/\と
はるの姿をまひねかし
緑のはねのうぐひすよ
梅の花笠ぬひそへて
ゆめ静《しづか》なるはるの日の
しらべを高く歌へかし
小詩
くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくまゝし
かのいづみ
かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのまゝし
かのいづみ
かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん
かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ
明星
浮べる雲と身をなして
あしたの空《そら》に出でざれば
などしるらめや明星の
光の色のくれなゐを
朝の潮《うしほ》と身をなして
流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
清《す》みて哀《かな》しききらめきを
なにかこひしき暁星《あかぼし》の
空《むな》しき天《あま》の戸を出でて
深くも遠きほとりより
人の世近く来《きた》るとは
潮《うしほ》の朝のあさみどり
水底《みなそこ》深き白石を
星の光に透《す》かし見て
朝の齢《よはひ》を数ふべし
野の鳥ぞ啼《な》く山河《やまかは》も
ゆふべの夢をさめいでて
細く棚引《たなび》くしのゝめの
姿をうつす朝ぼらけ
小夜《さよ》には小夜のしらべあり
朝には朝の音《ね》もあれど
星の光の糸の緒《を》に
あしたの琴《こと》は静《しづか》なり
まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと/\若き光をば
名《なづ》けましかば明星と
潮音
わきてながるゝ
やほじほの
そこにいざよふ
うみの琴
しらべもふかし
もゝかはの
よろづのなみを
よびあつめ
ときみちくれば
うらゝかに
とほくきこゆる
はるのしほのね
酔歌
旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
酔ふて袂《たもと》の歌草《うたぐさ》を
醒《さ》めての君に見せばやな
若き命も過ぎぬ間《ま》に
楽しき春は老いやすし
誰《た》が身にもてる宝《たから》ぞや
君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり
君が眉には憂愁《うれひ》あり
堅《かた》く結べるその口に
それ声も無きなげきあり
名もなき道を説《と》くなかれ
名もなき旅を行くなかれ
甲斐《かひ》なきことをなげくより
来《きた》りて美《うま》き酒に泣
前へ
次へ
全27ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング