した。旦那様は鶏を狙《ねら》う狐《きつね》のように忍んで、息を殺して奥の方へと御進みなさるのです。怖《こわ》いもの見たさに私も随《つ》いて参りました。音をさせまいと思えば、嫌《いや》に畳までが鳴りまして、余計にがたぴしする。生憎《あいにく》敷居には躓《つまず》く。耳には蝉《せみ》の鳴くような声が聞えて、胸の動悸《どうき》も烈しくなりました。廊下伝いに梯子段の脇まで参りますと、中の間の唐紙が明いている。そこから南向の御部屋は見通しです。私は柱に身を寄せて、恐怖《こわごわ》ながら覗きました。
 南の障子にさす日の光は、御部屋の内を明るくして、銀の屏風に倚添《よりそ》う御二人の立姿を美しく見せました。いずれすぐれた形の男と女――その御二人が彩色の牡丹の花の風情《ふぜい》を脇にして、立っていらっしゃるのですから、奥様も、歯医者も、屏風の絵の中の人でした。儚《はかな》い恋の逢瀬《おうせ》に世を忘れて、唯もう慕い慕われて、酔いこがるるより外には何も御存じなく、何も御気の付かないような御様子。私は眼前《めのまえ》に白日《ひる》の夢を見ました。男の顔はすこし蒼《あおざ》めた頬《ほお》の辺《あたり》しか
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