自分で自分を考えて、今更のように心付いて見ると、御奉公に上りました頃の私と、その頃の私とは、自分ながら別な人のようになっておりましたのです。華美《はで》な御生活《おくらし》のなかに住み慣れて、知らず知らず奥様を見習うように成りましたのです。思えば私は自然と風俗《なり》をつくりました。ひっつめ鬢《びん》の昔も子供臭く、髱《たぼ》は出し、前髪は幅広にとり、鏡も暇々に眺め、剃刀《かみそり》も内証で触《あ》て、長湯をしても叱られず、思うさま磨《みが》き、爪の垢《あか》も奇麗に取って、すこしは見よげに成ました。奥様から頂いた華美《はで》な縞《しま》の着古しに毛繻子《けじゅす》の襟《えり》を掛けて、半纏《はんてん》には襟垢《えりあか》の附くのを気にし、帯は撫廻し、豆腐買に出るにも小風呂敷を被《か》けねば物恥しく、酢の罎《びん》は袖に隠し、酸漿《ほおずき》鳴して、ぴらしゃらして歩きました。柏木の友達も土臭く思う頃は、母親のことも忘れ勝でした。さあ、私は自分の変っていたのに呆れました。勤も、奉公も、苦労も、骨折も、過去ったことを懐《おも》いやれば、残るものは後悔の冷汗ばかりです。
 こういうことに思い
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