ました。
「屑《くず》屋でござい。紙屑の御払はございませんか」
 と呼んで来たのを幸、すっかり掻浚《かきさら》って、籠《かご》に積《たま》った紙屑の中へ突込んで売りました。屑屋は大な財布を出して、銭の音をさせながら、
「へえ、毎度難有う存じます。それでは三銭に頂戴して参ります」
 と言って、銅貨を三つ置いて行きました。
 その日は奥様も思い沈んで身の行末を案じるような御様子。すこし上気《のぼ》せて、鼻血を御出しなさいました。御気分が悪いと仰って、早く御休みになりましたが、その晩のように寝苦しかったことも、夢見の悪かったことも、今までに無い怖《おそろ》しい目に御出逢なすったと、翌朝になって伺いました。落々《おちおち》御休みになれなかったことは、御顔色の蒼《あおざ》めていたのでも知れました。奥様の御話に、その晩の夢というのは、こう林檎畠《りんごばたけ》のような処で旦那様が静かに御歩きなすっていらっしゃると、密《そっ》と影のように御傍へ寄った者があって、何か耳語《みみこすり》をして申上げたそうです。すると、旦那様は大した御立腹で、掴掛《つかみか》かるような勢で奥様を追廻したというんです。奥様
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