足で出て行く。暫く私は門口に佇立《たたず》んで後姿を見送っておりますと、やがて生酔《なまよい》の本性《ほんしょう》を顕して、急にすたすたと雪の中を歩いて行きました。見れば腰付《こしつき》から足元からそれ程酔ってはいないのです。父親は直ぐ闇に隠れて見えなくなって了いました。
 ホッと一息|吐《つ》いて、私は御部屋へ参って見ますと、押入のなかに隠れた人は頭かきかき苦笑《にがわらい》をしておりました。私は御気毒にもあり、御恥しくもあり、奥様の御傍へ寄添いながら、
「御父さんは上りにくいもので御座ますから、あんな酔った振をして、恍《とぼ》けて参ったんで御座ます」
「お前に逢い度《たい》からさ」
「私が是方《こちら》へ上る時に、『己《おれ》も一諸に行こう』と申しますから、誰がそんな人に行って貰うもんか、旦那様の御家へなんぞ来るのは止《よ》しとくれ、と言って遣りましたんで御座ます」
「逢い度ものと見えるねえ」
「『十月余も逢わねえじゃねえか、顔が見たくはねえか』なんて申しましたよ。馬鹿な、誰があんな酔ぱらいに逢い度もんか」
「御母《おっか》さんも心配していなさるだろうよ」
 と言われて、私は逢いに
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