とは美しい御言葉で知れました。奥様の白い手に見比べると、母親のは骨太な上に日に焼けて、男の手かと思われる位。
「奥様、これは御恥しい品《もの》でごわすが、ほんの御印ばかりに」
と母親は手土産《てみやげ》を出して、炉辺《ろばた》に置きました。
「あれ、そんな心配をしておくれだと……それじゃ反《かえっ》て御気毒ですねえ」
「否《いいえ》、どう致しやして。家で造《こしら》えやした味噌漬《みそづけ》で、召上られるような品《もの》じゃごわせんが」
「それは何よりなものを――まあ、御茶一つお上り」
「もう何卒《どうぞ》御構いなすって下さいますな」
「よくまあ、それでも早く来てくれましたねえ。あの、何ですか。名は何と言いますの」
「はい、お定と申しやす。実《まこと》に不調法者でごわして。何卒《どうか》まあ何分|宜《よろ》しく御願申しやす」
 私はつんつるてんの綿入に紺足袋穿《こんたびばき》という体裁《しこう》で、奥様に見られるのが何より気恥しゅう御座《ござい》ました。御傍へ添《よ》れば心持の好い香水が顔へ匂いかかる位、見るものも聞くものも私には新しく思われたのです。御奉公の御約束も纏《まとま》りまし
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