《さき》になりして、松葉の香を履《ふん》で通りました。
小諸の荒町から赤坂を下りて行きますと、右手に当って宏壮《おおき》な鼠色の建築物《たてもの》は小学校です。その中の一|棟《むね》は建増《たてまし》の最中で、高い足場の内には塔の形が見えるのでした。その構外《かまえそと》の石垣に添《つい》て突当りました処が袋町《ふくろまち》です。それはだらだら下りの坂になった町で、浅間の方から流れて来る河の支流《わかれ》が浅く町中を通っております。この支流《ながれ》を前に控えて、土塀《どべい》から柿の枝の垂下っている家が、私共の尋ねて参りました荒井様でした。見付《みつき》は小諸風の門構でも、内へ入れば新しい格子作《こうしづくり》で、二階建の閑静な御|住居《すまい》でした。
丁度、旦那様の御留守、母親《おふくろ》は奥様にばかり御目に懸《かか》ったのです。奥様は未だ御若くって、大《おおき》な丸髷《まるまげ》に結って、桃色の髪飾《てがら》を掛た御方でした。物腰のしおらしい、背のすらりとした、黒目勝の、粧《つく》れば粧るほど見勝《みまさ》りのしそうな御|容貌《かおだち》。地の御生《おうまれ》でないというこ
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