せんので。ですから、私は独り考えて、思い慰めました。
さ、それです。
奥様は暖い国に植えられて、軟《やわらか》な風に吹かれて咲くという花なので。この荒い土地に移されても根深く蔓《はびこ》る雑草《くさ》では有ません。こうした御慣れなさらない山家住《やまがずまい》のことですから、さて暮して見れば、都で聞いた田舎生活《いなかぐらし》の静和《しずかさ》と来て視《み》た寂寥《さびしさ》苦痛《つらさ》とは何程《どれほど》の相違《ちがい》でしょう。旦那様は又た、奥様を籠の鳥のように御眺めなさる気で、奥様の独り焦《じれ》る御心が解りませんのでした。何時《いつ》、羽根を切られた鳥の心が籠に入れて楽しむという飼主に解りましょう。何程、世間の奥様が連添う殿方に解りましょう。――女の運はこれです。御縁とは言いながら、遠く御里を離れての旅の者も同じ御身上《おみのうえ》で、真実《ほんと》に同情《おもいやり》のあるものは一人も無い。こればかりでも、女は死にます。奥様の不幸《ふしあわせ》な。歓楽《たのしみ》の香《におい》は、もう嗅いで御覧なさりたくも無いのでした。奥様は歎《な》き疲《くたぶ》れて、乾いた草のように
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