なみ》も深く、何をさせても小器用なと褒められる程の方でも、物事に迷易くて毎《いつ》も愚痴ばかりでは頼甲斐《たのみがい》のない様にも有《あり》、世智賢《せちがしこ》くて痒《かゆ》いところまで手の届く方は又た女を馬鹿にしたようで此方の欠点《あら》まで見透されるかと恐しくもあるし、気前が面白ければ銭遣《ぜにづかい》が荒く、凝性《こりしょう》なれば悟過ぎ、優しければ遠慮が深し、この方ならばと思うような御人《おひと》は弱々しくて、さて難の無い御方というのは、見当らないのでした。
「そんなら、奥様、あの桜井さんは」
「そうお前のように、私にばかり言わせて……お前も少許《ちったあ》言わなくちゃ狡猾《ずる》いよ。あの方をお前はどう思うの」
「桜井さんで御座いますか。実《ほんと》に歯医者なぞをさして置くのは惜しいッて、人が申すんで御座いますよ」
「ホホホホホ、それじゃ何に御成《おなん》なされば好と言うの」
「あの、官員様にでも……」
「ホホホホホ」
「あれ、女であの方を褒めない者は御座ません。奥様、貴方《あなた》も桜井さん贔負《びいき》じゃ御座ませんか」
 奥様は目を細くなさいました。何とも物は仰いませ
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