褒め下さるのは、いつも謎《なぞ》です、――御器量自慢でいらっしゃるのですから。その時も私の方から、御褒め申せば、もう何よりの御機嫌で、羽翅《はがい》を張《ひろ》げるように肩を高くなすって、御喜悦《およろこび》は鼻の先にも下唇にも明白《ありあり》と見透《みえす》きましたのです。
「ねえ、お定、お前は吾家《うち》へ来る御客様のうちで、誰様《どなた》が一番|好《いい》とお思いだえ」
「そうで御座ますねえ……まあ、奥様から仰《おっしゃ》って見て下さい」
「否《いいえ》、お前からお言いよ」
「私なぞは誰様が好か解りませんもの」
「あれ、そうお前のように笑ってばかりいちゃ仕様がない」
「それじゃ笑わずに申しますよ。ええ、と、銀行の吉田さん」
「いやよ、あんな老爺染《じじいじみ》た人は――戯《ふざ》けないでさ。真実《ほんとう》に言って御覧」
私はそれから、種々《いろいろ》なお方を数えて申しました。島屋の若旦那、越後屋の御総領、三浦屋の御次男、荒町の亀惣《かめそう》様、本町の藤勘様――いずれ優劣《おとりまさり》のない当世の殿方ですけれど、成程奥様の御話を伺って見れば、たとえ男が好くて持物等の嗜《たし
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